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| 数年前、新聞報道で以下のような記事を読んだことがあります。 「今年から、某小学校の徒競走で順位をつけないようにした。走るのが遅い子が傷つかぬよう、そして、頑張った子供たちを平等に表彰しようという配慮からである。しかし、これには賛否両論がある。」という内容でした。 確かに「教育における平等性」は確保すべきです。しかし、順位をつけない、競争をさせないことが平等につながるのか大いに疑問です。平等な教育とは、一人ひとりの個性を的確に把握し、どの子に対しても、その子の得意分野や磨けば光る部分を発掘してあげて精一杯伸ばすことだと私は考えます。 どんな子供でも、自分自身の長所を特別に誉められたり、認められたりすれば喜びます。そして、自信を持つようになります。順位をつけないことで、「かけっこ」で光る子供が大きな自信を持つきっかけを失わせていないでしょうか。また、「かけっこ」が苦手な子供に対する配慮とは、順位をつけないことではなく、自分自身が輝ける別の分野を探せるよう仕向けていくことではないでしょうか。私は、そう感じています。 さて、世の中の風潮として、教育における競争を否定し、過度に平等を求める傾向があります。しかし、大人たちの世界で競争がない社会は存在するのでしょうか。私は確実にNoであると考えます。また、多くの人もまたNoと答えるのではないでしょうか。そうであるならば、子供たち一人ひとりがそれぞれに大きな自信を持てるよう、適度に競争する機会を提供して、競争に慣れさせていくと共に、一人ひとりが自分の勝負しやすい土俵を探すきっかけ作りをしていかねばならないと思うのです。 |
現在、北進ゼミナールには約700人の子供たちが通っています。たった700人ですが、その中でも、本当にその個性はまちまちです。野球で光る子、サッカーで光る子、将棋、トランペット、クラリネット、フルート、絵画…等、枚挙に暇がありません。また、こと勉強においても、字の上手さ・読書感想文での表現力・漢字の知識・歴史の知識・計算力・図形問題でのひらめき・理科での素晴らしい考察…等、一人ひとりが本当に色々なところで光っています。夜空に人知れずきらめいている星を探すように、我々は、子供たちが微かに発している光でさえも発見できるよう努力すべきなのです。そして、その光をより強くしていくために様々なアドバイスをする必要があるのです。 一人ひとりの子供に対し、それぞれに異なった対応やアドバイスを与えることは、平等な教育に矛盾するものではないと私は考えます。今までもそしてこれからも、北進ゼミナールは様々な競争の機会を提供したり、一人ひとりを一生懸命見つめたりすることで、より多くの子供たちの光を発見し、誉めて・認めて・励ます指導を続けて参ります。北進でのアドバイスがきっかけとなり自信を持って社会で生きぬく力を育んでくれることを願って止みません。
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第1回 今、教育に求められていること |
| 第2回 学力低下を防ぐために | |
| 第3回 勉強のやりかた | |
| 第4回 「叱られる体験」は大切ではないでしょうか? |